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佐賀地方裁判所 昭和29年(ワ)440号 判決 1957年4月23日

原告 大岩徳次郎

右訴訟代理人弁護士 富永竹夫

被告 株式会社佐賀銀行

右訴訟代理人弁護士 和智昂 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

第一、争のない事実

原告が嘗つて、訴外嘉久大石炭株式会社(以下嘉久大石炭と称する)の取締役であつたこと、佐賀中央銀行が原告主張の如く佐賀興業銀行と合併し被告銀行を設立したこと、被告主張の特別(無記名)定期預金証書二通のうち一通(第二十回定期預金五百万円五組のもの、証書番号第一八〇号)が昭和二十八年十一月十八日、佐賀中央銀行唐津支店に於て金五百万円、支払期日を昭和二十九年一月二十一日とする特別定期預金証書(証書番号第一五二二号)に、他の一通(第二十回定期預金五百万円十組のもの証書番号第一号)が同銀行相知支店に於て、金五百万円支払期日を同年二月三日とする特別定期預金証書(証書番号第一五二二号)に書替え継続せられ、更に同年二月五日前者を支払期日同年七月二十一日、後者を同じく八月三日とする本件特別定期預金証書(原告主張の第一預金証書第二預金証書)に書替え継続されたものであることは当事者間に争がない。

第二、本件特別定期預金の預金債権者について

本件の争点は結局、右最後の二通の特別定期預金証書の預金者が原告主張のとおり原告自身か、又は被告主張の如く嘉久大石炭なのかに係つている。

一、そこで、右当初の無記名定期預金手続並びにその後の書替え手続の事情について考察する。

成立に争のない乙第五号証の一ないし三、第六号証の一ないし四、第十一、第十二号証、第二十八号証の一ないし六、第二十九号証、証人石崎金義(一回)の証言により真正に成立したと認める乙第一ないし第三号証の各一、同証人(二回)の証言により真正に成立したと認める乙第十九号証の一ないし三、並びに証人大北幸平、三野道夫(以上各一回)の各証言の一部及び、証人石崎金義(一回)、志柿義雄、高岡政弘、山本秀雄の各証言を綜合すれば、嘉久大石炭は昭和二十六年十月二十三日原告の個人経営に係る小野田炭砿の採掘した石炭を販売する機関として、原告が中心になつて設立されたもので、原告は同会社の平取締役でありながら「大岩会長」と呼ばれる程事実上、原告の主宰の下に石炭の販売及びこれに附帯する一切の業務を遂行している株式会社であるが、昭和二十七年七、八月頃から、訴外志柿義雄を代表取締役とする唐津採炭株式会社(以下唐津採炭と称する)との間に石炭の取引を始め嘉久大石炭は、石炭積込高に応じて、毎月決めで、同会社取締役経理部長大北幸平振出唐津採炭宛の約束手形を以て右石炭代金の支払をなし、唐津採炭に於ては昭和二十七年九月十七日頃より、これを佐賀中央銀行相知支店に裏書の上、昭和二十八年八、九月頃からは志柿義雄に裏書譲渡し志柿に於て、これを同支店に裏書の上その割引を依頼した。

同支店としては本店の認可を受けて、一旦右申込に応じたが、その頃同銀行の志柿に対する信用貸付の限度は二千万円ないし二千五百万円程度であつて、嘉久大石炭との取引開始当時右貸付総額は約四千万円に達し右信用限度を凡そ二千五百万円超過していたこと及び嘉久大石炭振出の約束手形は、市中銀行において割引したものを、更に日本銀行に於て再割引の可能ないわゆる適格手形でないばかりか嘉久大石炭自体の信用状態が明瞭でないことから、昭和二十七年十一月末頃に至り、佐賀中央銀行は唐津採炭の取締役で、志柿個人の支配人である高岡政弘を通じて、嘉久大石炭に対し、今後における同社振出唐津採炭宛約束手形については、嘉久大石炭の信用状態を裏付けるための長期預金の預け入れのない限り割引できない旨申込むに至つた。そこで志柿は嘉久大石炭の代表取締役三野道夫に対し、その旨伝達し、裏付け預金を要求した結果嘉久大石炭はこれを右のとおり経営の実権者である原告に相談したところ、原告はこれを当然のこととして承諾し嘉久大石炭に対し金一千万円を貸与したので、同銀行相知支店に対し、取締役経理部長大北幸平の預金名義で同年十二月二日二百万円、十二月十六日三百万円、十二月二十二日五百万円、計一千万円を、日歩七厘、据置期間七日以上の約で、取敢えず同支店に通知預金をなし、一ヵ月後にはこれを定期預金に入れ換えることを約していた。

その後原告の指図により右通知預金のうち、二百万円口は昭和二十八年一月七日に、三百万円口は一月十七日に、五百万円口のうち二百五十万円は一月二十日にいずれも右大北に於て高岡政弘に依頼して払戻を受け右五百万円口の残金二百五十万円と右五百万円口に対する利息七千六百二十円との合計二百五十万七千六百二十円を、前同様名義の通知預金としたが、その際相知支店長石崎金義が右定期預金継続の約旨に基き高岡に対し右通知預金を定期預金に入れ換えるように求めたので、高岡及び志柿はこのことを三野道夫に伝え、三野は原告の了解の下に右通知預金払戻の代替として同年一月十九日嘉久大石炭代表取締役三野道夫を振込人として志柿宛に第一銀行大阪支店より佐賀中央銀行唐津支店経由相知支店に対し、内五百万円を送金した。そこで同支店では、一月二十一日これを志柿の当座預金口座に振込んだところ、即日三野が高岡を同道して唐津支店に於て、これを志柿振出の小切手で払出をうけ、この金員を以て、金額五百万円(但し一口千円五千口分)元金支払期日同年七月二十一日なる無記名定期預金(第二十回定期預金五百万円五組のもの、証書番号第一八〇号)をなし、又大北において同年二月二日、高岡に依頼して前記通知預金二百五十万七千六百二十円の払戻を受けたので、嘉久大石炭は、同日、前記定期預金入れ換えの約旨に従い、大北を振込人として前同様の受取人名義で三和銀行梅田支店より相知支店に対し、残五百万円を送金したので翌二月三日三野が高岡と同道して同支店に於て金額五百万円、元金支払期日同年八月三日なる特別定期預金(第二十回定期預金五百万円十組のもの証書番号第一号)をなした。その後は長期預金継続の約旨に則り、大北に於て、先ず昭和二十八年十一月十八日右特別定期預金をいずれも形式上払戻したことにした上、即日前記唐津支店に於てそれぞれ金五百万円、支払期日昭和二十九年一月二十一日及び同年二月三日の無記名定期預金証書番号それぞれ第一五二二号及び第一五二一号に書替え、預金を継続し次いで同年二月五日いずれも形式上右預金を払戻したことにした上、即日原告主張のそれぞれ本件第一、第二預金証書に書替え継続した。以上認定に反する証人大北幸平(一、二回)三野道夫(一、二回)の一部、証人吉岡次郎の証言及び原告本人の供述は措信し難く他に右認定を左右するに足る証拠は存しない。

以上の次第であるから、嘉久大石炭が佐賀中央銀行相知支店に対してなした、合計一千万円の通知預金と本件特別定期預金に至るまでのその後の定期預金とが預金の目的上全然別個のものということはできず、且つ右はいづれも嘉久大石炭が、その信用状態の裏付のため預金(見返り担保預金ともいう)したものであつて、本件預金は嘉久大石炭がその預金債権者であるということができる。

二、本件各特別定期預金証書に使用した印章について

原告は、前記書替え前の最初の特別(無記名)定期預金証書二通(第二十回定期預金五百万円五組のもの及び十組のもの)は、三野道夫が持参した佐賀中央銀行の印鑑表二枚に原告の妻の「秀子」と刻した印鑑を押捺したものを以て、その手続がとられたものであり、その後右証書の書替えも原告の使者大北幸平「浜口」「富岡」なる印章を押捺した印鑑表によつてその手続がとられたのであるから、最後の本件特別定期預金証書二通は原告個人が預金債権者であると主張する。成程成立に争のない甲第三号証乙第五、第六号証の各一、証人大北幸平(一回)、三野道夫(一回)の各証言及び原告本人の供述によれば、書替え前の最初の無記名定期預金の預け入れについては原告の妻の「秀子」と刻した印鑑を、佐賀中央銀行の印鑑表に押捺して届け出ていること及び、右証書の書替え継続分である、証書番号唐津支店第一五二二号及び第一五二一号の無記名定期預金証書、及び原告主張の第一、第二預金証書の届出印章については大北が予め原告から預つた有合せ印「浜口」及び「富岡」と刻した印章を届出て預金手続をしたことが認められる。

しかしながら、成立に争のない甲第一、第二号証、乙第五、第六号証の各一、第十一、第十二号証によると、この預金に関しては、一般の定期預金規定に準じて取扱うこととし、満期又は満期後において証書裏面領収欄に予ねて届出あるとおりの署名又は記名調印をして請求するものに対して支払うべき旨、預金債権の譲渡質入は銀行の承諾ある場合の外禁止する旨並びに予ねて銀行へ届出ある署名又は印鑑に照らし合わせて請求者のそれと符合する場合は、いかなる理由があつても損害賠償の責を負わない旨の特約が本件特別定期預金証書裏面に記載されており、証書には勿論預金債権者の表示のないことが認められる。

一方成立に争のない乙第三十二号証の一、二によれば、昭和二十七年二月蔵銀第四四六号を以て全国銀行協会連合会社団法人東京銀行協会に宛て、特別定期預金等の実施についての大蔵省銀行局長通牒が出されこれにより同協会業務部では同年二月二日通業第十七号、二月四日同第十八号、二月二十一日同第二十六号を以て各加盟銀行協会に対し、一旦廃止されていた特別定期預金制度の復活及びその性質、取扱方法等が殆んど従前の制度と同様であることを伝達したが、右通牒及び成立に争のない、乙第三十五ないし第三十七号証に、従前の特別定期預金制度についての成立に争のない乙第三十号証の一、二(昭和二十二年四月蔵銀三二三号)及び同号証の三(同年五月十四日全国銀行協会連合会発各銀行協会宛、特別定期預金等に関する件と題する書面)によれば特別定期預金証書は、無記名で発行し、金融機関には印章のみ届出て置くこととする点及び利子又は利益に対する所得税については所得税の源泉選択があつたものとして取扱うこととする点において通常定期預金と異る外、無記名ではあるが預金の本質を喪つているものでないから、その譲渡又は質入の場合には記名式定期預金と同様預金者を確認して取扱うべきこと、及び証書又は印章の紛失等の事故ある場合の善後措置も、通常の定期預金と同様に取扱うべきこととしており、本件特別定期預金証書裏面にある前記のとおりの定期預金約定は、以上の通牒及び伝達に基く「特別定期預金約定案」に則つて作成されたものであることが認められるのである。そして証人西哲(二回)進藤隆、石崎金義(三回)の各証言によれば佐賀中央銀行唐津支店に於ては無記名定期預金を受付けるときは、印章を銀行所定の印鑑用紙に捺印させる外預金記入帳或は別冊の無記名控帳等に預け主の住所氏名を記載していたのが実情である。この点は前掲乙第三十二号証の二、特別定期預金実施要領5(1)と相異する取扱をしているようにみえるけれども、右要領の趣旨は、届出印章(預金者の氏名を表示した印章であることを要しないのは勿論である)と、呈示印章とが形式上一致することに基き、一度当該預金の払戻がなされた以上、実体の一致すると否とを問わず銀行をして免責せしめるのであるけれども、銀行に於て絶対に預金者の住所氏名を知つてはならないとするものではない。

以上の事実によつてみれば、本件特別定期預金債権は一種の指名債権であることは争えないところであろう。即ち本件の如き無記名定期預金は金融機関に対して、印章のみを届出て預け入れることを必要とされるが、右は印章徴収の目的及び届出印章と呈示印章との形式的一致を以て銀行をして免責せしめる点において意義があるにすぎず、届出印章の手交者又は所持者を以て直ちに真実の預金者であると即断できないのであり、本件無記名定期預金手続が前記一記載の如き事情からなされたものである点を併せ考えれば原告の前記主張は採用できない。

三、いわゆる導入預金について

原告は、本件の各無記名定期預金は唐津採炭のためにする所謂導入預金であると主張する。ここに導入預金とは預金ブローカー(導入屋と呼ばれる)の仲介で預金者が銀行その他の金融機関に金員を預け入れ、金融機関はこの預金を右導入屋の指定する事業等第三者に貸出し、預金者は右第三者から通常の預金金利以上に謝礼(裏金利という)を受領し、又導入屋も右第三者から金融斡旋の手数料を受取る関係にある場合の当該預金を指すことは当裁判所に顕著な事実である。而して証人志柿義雄、山本秀雄の各証言及び証人三野道夫(一回)の証言の一部を綜合すれば、原告は当初嘉久大石炭の代表取締役三野道夫より無記名定期預金の要請を受け、これを承諾した際原告の支出する金員につき月三分の金利を要求したので嘉久大石炭は唐津採炭と協議したが、嘉久大石炭では右金利が月四分であるかの如く主張して原告要求分の全部月三分を、同採炭に負担させ自己において残一分を負担したように仮装し、同採炭から受領した右利息を原告に交付していたこと、本件無記名定期預金により唐津採炭としては佐賀中央銀行における手形割引の枠が拡大するという利益を生ずるに至つたことが認められるが、前記第二の一において認定した通り本件無記名定期預金は嘉久大石炭の信用状態の裏付とする預金であつて、嘉久大石炭と同銀行との前記の如き取引関係に鑑みるとき、嘉久大石炭をいわゆる導入屋と称することはできず、又本件預金により唐津採炭又は志柿の享けた前記の利益の如きはその取引先である嘉久大石炭振出の約束手形に対する裏付預金が同銀行になされた結果、反射的に生じたものにすぎないから、これを以て嘉久大石炭が、唐津採炭又は志柿のため原告から導入した預金であると認めることはできない。従つて、又唐津採炭が嘉久大石炭に対して支払つた月三分の金利もこれを裏金利と認めることはできない。右認定に反する証人三野道夫の証言の一部及び原告本人の供述は措信し難く他に右認定を左右するに足る証拠は存しない。

四、嘉久大石炭が佐賀中央銀行に差入れた担保差入証(乙第十四号証)について

証人西哲(一回)の証言により真正に成立したと認める乙第十四号証、郵便官署の作成部分について争なくその余の部分につき右証人の証言により真正に成立したと認める乙第十五、第十六号証の各記載に同証人の証言を綜合すれば三野道夫は、嘉久大石炭代表取締役の名において昭和二十八年七月二十九日同銀行唐津支店に対し、現在並びに将来、同銀行に於て割引されることのある嘉久大石炭振出唐津採炭宛約束手形の内、極度額一千七百万円迄に対し、前記唐津支店発行第一八〇号、相知支店発行第一号の各無記名定期預金証書の外、三通の無記名定期預金証書額面合計二千万円及び今後におけるこれらの預金の書替え継続分を含めて担保に供したが、嘉久大石炭は、その振出にかかる約束手形一千万円について未払であつたので、同銀行は昭和二十九年七月三十一日、右第一八〇号定期預金証書の書替え継続分である原告主張の第一定期預金証書及び第一号のそれである原告主張の第二定期預金証書に基く各預金とを嘉久大石炭の預金と認め、これによつて右約束手形未払金を決済した事情を認めることが出来る。右認定に反する証人三野道夫の証言は措信し難く、他にこれを左右するに足る証拠は存しない。

ところで原告は、乙第十四号証を指して本件預金に対して預金証書の交付がなされていないから質権設定の効力がないと主張する。勿論先に認定したとおり、本件預金は指名債権であるから証書を交付しなければ質権を有効に設定しえないことは明らかである。しかしながら右担保差入証は正式の担保設定手続を経ていないけれども、それは本件預金が長期性預金であること及び期限到来のときは直ちに書替え手続により預金を継続する約束であつて、銀行としてはこれにより預け主の任意の払戻を制限できることによつて本件預金が事実上嘉久大石炭振出、唐津採炭宛約束手形の割引を担保していたものを、書面を以て当事者間に明確にしたまでであつて、法律上の担保権設定を目指したものではないから、原告の右主張は採用するに足らない。次に原告は嘉久大石炭においては前記三野と大北が共同代表取締役であるので、三野のみの単独の担保差入証はその効力がないと主張するけれども、右担保差入は前記のとおりの性質を有するにすぎないから、共同代表手続を履践する必要はなく右主張も採用するに足らない。

第三、結論

然れば本件預金は被告銀行の前身佐賀中央銀行と嘉久大石炭との間に成立したものであると解するのが相当であり、従つて本件預金の債権者が原告であることを前提として被告に対しその支払を求める原告の本訴請求は失当であつて棄却を免れない。よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原田一隆 裁判官 田中武一 三枝信義)

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